モノが多かったロマンチスト。モノが減るとリアリストになりますよ。

ミニマリスト
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よわむしめがね(@Yowamushi_glass)です。

現実逃避。嫌なことがあると直ぐ頭に浮かぶ言葉です。嫌なことを忘れたくて、仮想世界に潜り込む。よくあることです。

わたしもよく現実逃避をしていました。

具体的には、現実でないもの、つまりはバーチャルな世界。もっというと、マンガとかアニメとかゲームとかの世界です。

昔でいうところの、オタクっていうんでしょうか?

スポーツに傾倒していた時期もありますが、基本的には内向的で、引きこもりがち。家で本を読んだり、ゲームをしたりするのが好きな少年でした。

これだけ聞くと、あっち側の人間ですが、まぁ、そう取られても構いません。

実際、公園でサッカーや野球をするよりも、家でファミコンやったり、漫画読んでたほうが多かったように思います。

また、運動が苦手だったのもありますw

苦手なこと、無理してやりたいとは思いませんよね。

多感な少年時代をそのように過ごしてきたので、そちらの世界は大好きだったんです。あからさまに言うと、イジメられるので、表立って公言はしていませんでしたが、密かにやっていた次第です。

ある意味、ロマンチストだったのかもしれません。

それはいい。

ところがです。今、自分のことを客観的に見直してみると、どうもロマンチストとは言えないんじゃないかな?と思うのです。

どうして変わってしまったのか?あんなに好きだった、ゲームやアニメ、マンガ、今では全く、やりたいとも思わないし、見たいとも、読みたいとも思いません。

この変わりよう、何かありますよね。

わたしは、わたしなりに分析をしてみると、やはりミニマリストが関係しているのではないか?と言うことに気がつきました。

リアリストであると言うことです。

今回はロマンチストからリアリストに変わってしまった理由について、分析をしていきたいと思います。

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モノが多かったロマンチストがモノが減るとリアリストになる理由〜非現実の世界に触れる機会が減った

ミニマリストを始める前、まぁ、わたしにとっては普通に生活していた頃、まだまだモノが多くて、モノに埋もれて生きてたような感じでした。

それ本当に必要なの?と疑いたくなるようなモノまでコレクションする習性が身についていました。一極集中ならまだいいんですが、あれもこれもどれもみたいなことろがあって、収拾がつかなかったんですよね。

そのときって、そこはかとなく楽しいのですが、なんとなく虚しい気持ちになります。いや、なっていました。

非現実の世界に居座るために、もっともっと欲しくなる、そんな感じです。マンガは本棚一杯にコレクションしてましたし、アニメは撮り溜めるだけ撮って、ダビングして集めたDVDが山ほど。ゲームも廃人になるまでやる。

なんでそうまでして、やっていたんだろう?それが必要だったんだろう?

今考えると、とっても不思議。

ロマンチックな世界に入り浸るためには、そういうモノがわたしにはどうやら必要だったようです。

ところがです。

モノを捨て始めて、いわゆるミニマリストになろうとしたのを境に、考え方がどんどん現実になってきました。

今月の生活費は●万円で過ごしてみよう。

どんなアイテムが使い勝手がいいのか?

モノがなくても、出来ることはないか?

えぇ。リアリストの極みです。

どうしてロマンチストからリアリストに変わっていったのか?それは、そういうモノに触れる機会が、必然的に減ったからです。

あんなにたくさん、持っていたロマンを感じるもの、今ではほとんど持っていません。なくても、生活になんの支障もありません。

やはり触れる機会が多いと、そちらに流されてしまうんですが、機会が減ると、そちらへの興味が薄れていくんです。

今、興味あることといえば、旅と筋トレくらいなものですw

仮想現実を見ているより、目の前の現実を見ている方が、心地よい。そう感じているんじゃないかな?と思うのです。

現実じゃない世界に踏み込んで、心を豊かにするというのもありますけどね。

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モノが多かったロマンチストがモノが減るとリアリストになる理由〜現実世界にも興味深いことがたくさんある

これは年齢的なものもあるかもしれません。

若輩のときは世間を知るといっても、とても狭い領域でのことでした。それでなくても、バーチャルな世界に入り浸り、現実世界への門を閉ざしていた自分。

そのときはもうここで一生暮らしていてもいいや、くらいに思っていたこともあります。本気でした。

安穏としたところで、まったり過ごす。それでいいのかも。って感じです。

いろいろ経験をしてそう思うなら、まぁ、それでもいいんでしょうけど、今考えるとなんと浅はかな考えだったなぁと思います。

知らないことに蓋をして、知らないことをいいことに、知っている範囲内でしか、モノを語っていなかった、わかった気になっていたんですね。

ロマンチストのロマンの中に埋没していた、そういうわけです。

んで、モノを捨ててみて、現実世界に触れるようになってくると、なんだ、まだまだ世の中、知らないことばかりじゃないか!こんなにもわかっていない。

例えば、世界は自分中心に回っているんじゃなく、地球の自転軸で回っています。自分が今まで経験した世界の中だけで、クローズするとそこで終わってしまいますが、自分の知らない世界に飛び出すと、あぁ、何にも知らなかったなぁ、と打ちひしがれます。

例えば、海を渡って、違う国に行ってみるというのも殻を破る感じになりますよね。わたしも殻破りをしたくて、海外に出た、そんな想いもあります。

https://wimpy-glasses.com/2019/01/30/minimalism032/

そして一旦出てみると、こんなにも興味深い世界が転がっていたなんて、思いもしませんでした。

苦しいことももちろんあります。難しいことも当然あります。だけど現実にそういう思いをして、現実に目を向けると、まだまだ知らないことがたくさんありました。

ロマンチックな世界で、知っていたふりをしていたのかもしれません。

それは非常に勿体無い。もっとどんどんいろんな現実の世界に触れてみる、というのは成長するうえでアリだと思うんですね。

どう捉えるかは、当人次第ですが、わたしはモノを手放すことで、それを実感できたかなぁ、と思います。

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まとめ

テレビやゲーム、マンガやアニメ。これらは自分の心を元気にしてくれる、重要なアイテムでした。

ですがそれはロマンチックな世界でのこと。モノを減らせば減らすほど、ロマンチックな世界から、リアリスティックな世界にシフトしていきます。

これはわたしがそうでしたから。

どちらの世界もいいところ、悪いところはあると思いますが、ミニマリストになると必然的にリアル世界に目が向き、真面目に取り組もうとすると、ますますリアリスティック度が上がっていきますね。

もし、これからロマンチックな世界からリアリスティックな世界に進みたいと思うなら、まず第一歩、捨てることを始めましょう。

いきなり趣味のものを捨てなくってもいい(逆に趣味のモノが捨てられたら、脱皮は早いかもしれませんよ)、身の回りの不要なものから捨てるのでもいいのです。

リアルじゃない世界の生活に疲れたら、今現在を生きる私たちの世界に気軽に戻れる、行き来できる世界になれたら、いいんですけどねぇ。

それでは、また!

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