ぼくは、愛のある捨て方というのを考えてみた

ミニマリスト
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よわむしめがね(@Yowamushi_glass)です。

なんでもかんでもボンボン捨てているような気がしています。ミニマリストになる前から、そして今まで過ごしてきた人生で捨ててきたもの、真面目に考えたら、1000は軽く超えるでしょう。

いや、10000くらい捨てているかもしれません。

中にはほとんど使ってなかったけども捨てたものもあります。使い倒すだけ使い倒してボロボロになってから捨てたものもあります。買ったときはとても気に入っていたのだけど、すぐに飽きてしまい、捨ててしまったものもあります。

泣く泣く手放さざるを得なかったものも、もしかしたらあるかもしれません。

このように捨てる時のシチュエーションというのは千差万別、十人十色。ひとつとして同じ道を歩んで捨てていったものはもしかしたらなかったのかもしれません。

ですが、それらのもの、どうですか?ほとんど覚えていないと思いませんか?

なぜでしょうね。わたしも覚えていないもの、たくさんあります。ていうか、捨ててしまったもの、ほとんど覚えていません。残念ながら。

当ブログでは、捨てたものについてもできるだけ書くようにしています。それは誰かのためというよりは、自分のためでもあるのです。むしろ自分のためですよ。

例えばコチラの記事。愛着のあったモンベルのアイテムについて、可能な限り書くようにしています。

【完全保存版】モンベルで手放したもの。全アイテムリストまとめ

なんでそんなことするかって?先ほども書きましたが、忘れてしまうからです。

あんなに一緒だったのに、離れてしまえば、もう思い出すこともない。なんだか悲しいですよね。そこに愛はなかったのでしょうか?

・・・ちょっと変な感じになってますが、まぁ、ちょっと軌道修正しますが、ミニマリスト界隈では、最初からものが少ない人もいれば、元マキシマリストで一念発起してミニマリストになりました!っていう人もいます。

わたしはどちらかというと後者のほうですが。

どちらにしてもモノとはいつかは別れるわけです。そのときに全く何も感情が湧かないで捨てられる人ってどれくらいいるでしょうか?

捨てるのを躊躇うのは、モノに何かを感じるからですよね。それが長年ともに過ごしてきた一種の愛のようなものなのかもしれません。

わたしもまだこれはよくわかんないです。

せっかく一緒に過ごしてきた仲間を手放すとき、できれば最後くらいシッカリサッパリお別れしたいですよね。

そこで、今回は愛のある捨て方について書きたいと思います。なんのこっちゃ?と思う人は正解です。多分なんじゃこりゃ?な記事になると思うので、ここから引き返した方がいいでしょう。

見たい人だけ、先に進んでくださいw

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愛のある捨て方というのを考えてみた〜最後くらいしっかり畳む

普段は衣服を洗濯をしても、畳むのが苦手なので、あまり畳むことはしません。ハンガーにかけるか、適当に放置が通常運転です。

もともと、衣服を捨て始めたのも、畳む作業が増えるのが嫌だったからというのが大きな理由です。

苦手なことを無理にやるのは本当に苦痛です。畳むのだけでなく、わたしの場合はアイロンがけも苦手なので、アイロンを捨てたんですね。

ミニマリスト、アイロンはいらない。苦痛から解放されて快適になった

それはそうなんですが、最後にお別れするときくらいは、きちんと畳んで見送りたいというのが人情ってもんで。

ヨレヨレでボロボロになっていたとしても、出来るだけきちんと折りたたんで、しっかり見栄えのするように畳んでおきます。

そして然るべきところに持って行って、処分します。リサイクルショップの場合もあるし、ごみ収集の場所に持っていく場合もあります。

終わり良ければすべて良し!とも言いますしね。

最後くらいは、きちんとした格好で見送りたい、それが愛のある捨て方のひとつです。

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愛のある捨て方というのを考えてみた〜本を前に感想を思い浮かべる

本を捨てる時はどうでしょう?

わたしがよくやるのは、本を開かずに、表紙とタイトルを見つめて、役にたった文章や記述を回想するです。

なんか儀式みたいですが、よくやります。特にお世話になった本にはそのようにしています。時間はそんなにかかりません。1分もあれば十分。

まぁ、そんなに記憶に残っていないこともありますが、多分本の一節というのはどこか心に残る。だから本を読んだ後は次の行動につながるんですね。

生き方の道しるべになってくれる本。リスペクトせずにはいられません。

そんな本を手放すとき、書いてある内容を思い返すというのが、愛のある捨て方ではないか?と勝手に思っています。

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愛のある捨て方というのを考えてみた〜家電は壊れるまえに

家電は耐用年数が長いし、高価な製品でもありますので、なかなかポンポン買い替えるってことはできません。

なのでついつい、ボロボロになるまで使いこなすってやりがちです。わたしもミニマリストになる前は、古いブラウン管のテレビ、持ってましたからね。

アンテナもデジタルじゃなかったんで、映らないんです。

持っていてもしょうがないものになってしまいました。でも、そんな家電をそのような姿にしてしまうのには忍びない。

動かなくなってしまっては、家電はもうなんの役にも立たないものになってしまいます。

だから例え、家電を手放すことになってしまったとしても、全く使えない状態にするのではなくて、使える状態であるのを確認してから捨てるのです。

これが愛のある捨て方です。

もし、家電製品をリサイクルショップに出したとして、全く動かないものならほとんど価値はありませんし、下手したら買い取ってもらえないことも。

それよりは少し古いけれども、まだまだ現役を全うできる、そんな状態のまま手放してあげる、そうすればもしかしたら次のところでは活躍の機会があるかもしれない。

そんなチャンスを家電にもたせたいと思うのです。

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愛のある捨て方というのを考えてみた〜消耗品は使い切って

生活用品はどうでしょう?やはり、基本は使い切ってしまうことです。

消耗品を使い切らずに何年も保管しておくなんていうのは、時間と空間とお金が非常にもったいないです。

ミニマリストと消耗品とのつきあい方|モノを買うのは使いきってから!

彼らをもっと使って、活躍の場を与えてあげたいと思います。

消耗品は使ってなんぼです。使わないことには彼らの真価を発揮できない、そう考えています。だから使い切るまでとことん使う、そして、使ったらサッと捨てる。

それが消耗品の愛のある捨て方です。

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まとめ

書いていて、なんだか変な感じですが、愛のある捨て方について考えてみました。根底にあるのは、どちらにしてもモノを粗末に扱わないという考えが元になっています。

手放す、捨てるというのは一種に儀式に近いもの。

いろいろ書きましたけど、捨てるときに一番大事なのは「ありがとう」ってつぶやけるかどうかなんです。

自然と口からありがとうが出る状態、これが愛のある捨て方の最高峰になるのではないかと思います。

それでは、また!

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